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AI導入、「やる気」だけでは進まない? 米国PR業界719名調査が明かす、本当の課題とは

「うちの会社、AI導入が遅れているんじゃないか…」

そんな焦りを感じている広報・マーケティング担当者の方、多いのではないでしょうか。

2025年、PRWeekとボストン大学が共同で実施した大規模調査(n=719、2025年2-5月実施)が、興味深い事実を明らかにしました。

結論から言うと、「遅れている」と感じているのは、あなただけではありません。

むしろ、多くの企業が同じ悩みを抱えています。そして、その原因は「やる気」の問題ではなく、もっと構造的なところにあったようです。

今回は、この調査結果を日本の広報・マーケター向けにわかりやすく解説しながら、AI普及の本当の課題について考えてみたいと思います。

※内容は以下の動画でもまとめています

米国PR業界719名調査が明かす、本当の課題


調査の概要:PRWeek×ボストン大学 共同調査とは

まず、この調査について簡単に紹介します。

PRWeekは、1984年に英国で創刊されたPR・コミュニケーション業界の専門誌です。年次ランキングや各種アワードを運営しており、いわばPR業界の「日経ビジネス」的な存在。

今回の調査は、ボストン大学コミュニケーション学部のArunima Krishna准教授が主導し、学術的な裏付けのもとで実施されました。

  • 調査期間: 2025年2月〜5月
  • 回答者数: 719名(インハウス広報・PR代理店の両方を含む)
  • 評価方法: 5段階評価(1=まったくそう思わない、5=強くそう思う)

では、この調査が明らかにした「3つの発見」を見ていきましょう。


発見①:「みんなAI使ってる」は幻想だった

発見①:「みんなAI使ってる」は幻想だった

調査結果で最も興味深かったのが、この「パラドックス」です。

項目

スコア(5点満点)

組織のイノベーション受容度

4.33(高い)

コラボレーション姿勢

4.22(高い)

実際のAI活用度

2.80(低い)

「同僚はAIを使っている」という認識

3.46

つまり、こういうことです。

「うちの会社はAIに前向きだし、みんな使っているように見える。でも、自分はあまり使えていない…」

この感覚、心当たりありませんか?

面白いのは、「同僚のAI活用度の認識(3.46)」が「自分の活用度(2.80)」より高いこと。みんな「自分だけ遅れている」と思っているわけです。

でも実際は、ほとんどの人が同じ船に乗っています。

調査を主導したKrishna准教授はこう指摘しています。

「何年もの懐疑的な時期を経て、コミュニケーション担当者がAI活用の実験段階を超えたいと思っていることは明らかです。しかし、熱意と実行の間にはギャップがあります」


発見②:本当のボトルネックは「インフラ」と「ガイドライン」

では、なぜ「やる気」があるのに活用が進まないのでしょうか。

調査は、その原因を明確に示しています。

項目

スコア

インフラ整備状況

2.64(不十分)

AI専門家へのアクセス

2.81(限定的)

問題は個人のスキルではなく、組織の準備不足にあったのです。

通信会社MetTelのMike Azzi氏(コーポレートコミュニケーション責任者)は、こう語っています。

「これはあらゆる技術的な大変革に共通することです。組織の準備は常に遅れる——クラウドコンピューティングでも同じことがありました」

「全員がAIを使いたがっていますが、適切なインフラとガードレールを構築するには投資が必要です」

つまり、経営層が「AIを使え」と言うだけでは、現場は動けません。

必要なのは:

  • セキュアなAI環境の整備
  • 明確な利用ガイドラインの策定
  • 公開AIツールを使う場合のルール設定

「内部プラットフォームの準備中は、公開AIツールを責任を持って使うためのガードレールを設ける。準備ができたら、保護された内部版に移行する」——このようなロードマップを示すことが、リーダーの役割だとAzzi氏は指摘しています。


発見③:インハウス広報が特に苦しんでいる

インハウス広報がAI活用に苦しんでいる

調査では、インハウス(企業内)広報担当者とPR代理店(エージェンシー)の間で、大きな格差があることも明らかになりました。

項目

インハウス

エージェンシー

AI議論で意見を聞いてもらえる

2.88

3.66

導入課題への理解

2.86

3.59

タイムリーな情報提供

2.79

3.82

AIリソースへのアクセス

2.90

3.14

全項目でエージェンシーがインハウスを上回っています。

なぜでしょうか?

Krishna准教授はこう分析しています。

「企業の優先事項は常に収益を生む機能であり、PRやコーポレートコミュニケーションは通常、コストセンターと見なされます。この認識が、機能が受ける注目、技術投資、リーダーシップのサポートを制限しています」

一方、PR代理店は「より少ないリソースでより多くを」というプレッシャーの中で、AIを積極的に活用せざるを得ない状況にあります。その結果、AI専門家の採用、独自ツールの開発、パートナー企業全体へのインテリジェンス導入が進んでいるのです。


発見④:最大の懸念は「仕事を奪われる」ことではなかった

AI導入というと「仕事がなくなるのでは」という不安を想像しがちです。しかし、調査結果は意外なものでした。

懸念事項

スコア

AI過度依存による批判的思考力の低下

4.13(最高)

創造性の減退

4.00

雇用機会への影響

3.27

キャリアへの影響

3.15

PR担当者が最も心配しているのは、「AIに仕事を奪われる」ことではなく、「AIで頭が悪くなる」ことだったのです。

これは非常に示唆的な結果です。

Krishna准教授のコメントが印象的です。

「PRの専門家が、生成AIの継続的な使用が批判的思考を損なう可能性があると認識しているのを見て心強く思いました」

「AIに頼ることは、ゼロから作り上げるプロセスを省略してしまいます。テーマを調べ、自分で書くことには、まだ計り知れない価値があります。それは、思考方法やアイデアとの向き合い方を形作るプロセスなのです」

つまり、AIは「下書きツール」として活用しつつも、最終的な判断や思考は人間が行う——この使い分けが重要だということです。


AIが「できないこと」も明らかに

調査では、「AIはコミュニケーション業務のすべてに適合しない」というスコアが2.73と、比較的低い数値を示しました(=多くの人が「適合しない部分がある」と認識している)。

特に、感情知性(EQ) はAIでは代替できないという認識が強いようです。

JPMorganChaseのJoe Evangelisti氏(コーポレートコミュニケーションMD)はこう述べています。

「AIは30人のZoom会議を文字起こしして箇条書きにまとめることはできます。しかし、人々を集め、関与させ、一致団結させるには感情知性が必要です」

「場の空気を読み、人々がどう感じているかを予測し、彼らが聞く必要があることを正確に理解する——これらはAIには単純に再現できないスキルです」


実際の活用事例:大手企業はどう使っているか

調査では、AIを効果的に活用している企業の事例も紹介されています。

JPMorganChase(金融)

同社は2017年から契約書レビューにAIを導入しており、年間約36万時間かかっていた商業ローン契約の確認作業を数秒に短縮しました。

広報チームでは、社内LLMを以下のように活用しています:

  • プレスリリースやニュースレターの初稿作成
  • 長文コンテンツの要約(例:経営者が著者と会う前に本を要約)
  • コンテンツカレンダーの計画支援
  • 複雑な問題のわかりやすい説明
  • 発表に対して従業員・顧客・記者から来そうな質問の予測

MetTel(通信)

「LLMを使って創造的プロセスを加速させています。脳をアウトソースするのではなく」

とAzzi氏は語ります。

「AIは豊富なコンテンツを集め、自分では簡単に見つけられないようなナラティブの形成方法を提案してくれます。それを私たちが作り込み、調整し、最終化するのです」

Axicom(PR代理店)

大手上場企業のチーフAIオフィサーがウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューを受ける準備をする際、AIを活用した事例が紹介されています。

「記者エージェントを構築しました。その記者の6ヶ月分の記事と、クライアントのメッセージング——プレスリリースや発表用ブログ——をすべて取り込み、数分で記者のトーン、潜在的なバイアス、予想される質問についての洞察を得ました」


広報・マーケターへの示唆

この調査は米国のデータですが、日本にも多くの示唆があります。

1. 「うちだけ遅れている」という焦りは不要

同僚がバリバリAIを使っているように見えても、実態は皆同じ。今から始めても十分間に合います。

2. 「使え」と言うだけでは進まない

経営層やマネージャーに求められるのは、単にAI活用を促すことではありません。

  • インフラ整備:セキュアな環境の構築
  • ガイドライン策定:何をしていいか、何がNGかの明確化
  • ロードマップの提示:現在地と今後の計画の共有

3. インハウス広報こそ声を上げるべき

「コストセンター」と見なされがちなPR部門ですが、だからこそAI投資の優先度が下がりやすい。必要なリソースを獲得するために、AI活用の具体的なROIを示していくことが重要です。

4. 「AIで頭が悪くなる」リスクを意識する

効率化のためにAIに頼りすぎると、批判的思考力や創造性が鈍る可能性があります。

AIは「下書きツール」。最終判断は必ず人間が行う——この運用ルールを徹底することが大切です。

5. AIにできないことを強みにする

場の空気を読む、相手の感情を理解する、人を巻き込んで動かす——これらの「感情知性」は、まさに広報・PRの本質的な価値です。AIがルーティンワークを引き受けてくれる分、こうした「人間にしかできない仕事」に集中できる時代が来ています。


まとめ:今から始めても、遅くない

PRWeek×ボストン大学の調査が明らかにしたのは、以下の事実です。

AI導入が進まないのは「やる気」の問題ではない
 → インフラ・ガイドライン不足が本当のボトルネック

「みんな使っている」は幻想
 → 実際は多くの人が同じ悩みを抱えている

最大の懸念は「仕事を奪われる」ことではない
 → 「批判的思考力の低下」を心配している

AIにできないことがある
 → 感情知性、場を読む力はAIでは代替不可能

Krishna准教授の言葉が示唆的です。

「組織の準備が遅れていることは、実は幸運かもしれません。これらのリスクに直面し、問題が大きくなる前にポリシーや構造を整備できる企業は有利です」

つまり、今がまさに「追いつく」チャンス。慌てて飛びつくのではなく、適切なガイドラインとインフラを整えながら、着実にAI活用を進めていく。それが、この調査が示す「あるべき姿」ではないでしょうか。


出典:PRWeek/Boston University AI in PR Survey 2025(n=719、2025年2-5月実施)

調査の詳細は PRWeek公式サイト をご参照ください。


この記事のポッドキャスト版もご用意しています。音声で聞きたい方、視覚的にまとめて理解したい方は以下をご活用ください。

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